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バツイチ男に3回プロポーズした話:初めてのプロポーズ

※ご注意※こちらは、夫と13年前に付き合い始めてから6年を経て結婚するまでの「バツイチ男と結婚するまでの話」というシリーズものです。詳しくは以下の一覧をどうぞ。


バツイチ男と結婚するまでの話 カテゴリーの記事一覧 - 街場のワーキングマザー日記

 

初めてのプロポーズ:2004年10月14日

「2度と結婚したくない」と宣言する30代半ばのバツイチ男と、「是が非でも結婚したい」アラサー女。そんな私たちにとって、「結婚」の2文字は禁句でした。

 

それは、1年以上が経ち関係が安定しても同じことでした。離婚後に付き合った元カノとは結婚しないことを前提に付き合い始め、彼女が妊娠の可能性をほのめかすと、結婚を恐れるあまり酷い言葉で彼女を傷つけた夫(結局は、月のものが遅れただけだったそうです)。付き合う前からそれを知っていたので、「結婚という言葉を持ち出したら、自分も同じ目に遭うのではないか」と恐れていました。だから、とにかく時間をかけて、彼の愛情に対する信頼を取り戻すしかないと覚悟していたのです。

 

でも、付き合い始めてから2年が過ぎ、私も30歳になっていたある時、そろそろこの言葉を持ち出してみてもいいのではないかと一念発起。日課となっていた就寝前の電話中に、私はそろそろ結婚したいと思ってるけど、あなたはどうなの? やっぱりダメなの?といったことを、訊いてみたのです。これが、初めてのプロポーズでした。

 

その結果は、惨敗。この日の雑記帳に、こんなふうに書いてあります。

 

昨日、Aに確認した。結婚する気はあるのか、と。

で、彼は一切その気はない(少なくとも今は)と答えた。

「少なくとも今は」というのは、あとで万一気が変わらないとも限らないから、という一種の保険みたいなもので、とにかく今のカレの方針としては、この先も結婚したくない、と。

 

そしたら、ゆうべ夢を見た。歯がぐしゃぐしゃと何本も抜ける夢。夢分析の本を見たら、「強い喪失感を示し、大切な何かを失ってしまうのではないかという不安を表します」だって。

 

期待はせずに「結婚」という言葉を持ちだしたものの、やはり、かなり落ち込みました。それでも、一週間後にはこんなことを書いています。

 

Aとは、だいじょぶ。

はっきりと結婚を否定されて、やっぱり少しショックだったけど、だからといって私の気持ちは変わらないってことがよくわかったし、カレも、有言無言のカタチで「それでも大切だと思ってるよ」というメッセージを送ってくれているから。

いいや、長い目で見れば。

 

そう、まだ2年だものね!

 

マンション探しと、ある事件:2005年秋~冬

初めてのプロポーズのあとも2人の関係は安定していたし、仕事は忙しいしで、充実した日々でした。いつか結婚したいとは思う。でも、結婚だけが人生じゃない、とも、もちろん思う。

そんな順調な日々を過ごすうちに、「一生結婚しないかもしれない」という可能性についても真剣に考えるようになりました。「あなたのせいで結婚できなかった」などと、自分の人生を夫のせいにしたくはなかったからです。そうして決めたのは、経済力もついてきたので、一人暮らし用のマンションを購入することでした。

 

物件探しのために、皇居の東側の下町を中心に見て回りました。本当は夫の家に近い西側を希望していたのですが、実家は千葉方面だし、予算的にも厳しいという理由で。

内覧の際は、夫も同行しました。「マチ子が下町に住んでくれたら、下町の居酒屋で帰りを気にせず心ゆくまで飲めるなー」なんて気楽なことを言いながら。「一生に一度の大きな買い物をしようと思うまでに追いつめられているのに、一体誰のせいだと思ってんのよ!?」とイラッときたものの、人生を誰のせいにもしないために一国一城の主になろうと決めたのは自分自身なのですから、文句も言えません。

 

どこにしようかとあれこれ迷い、いまひとつ決定打に欠けて物件選びが停滞しかけていた12月初めの金曜の夜、大きな事件が起きました。会社から帰ると母がこたつに突っ伏して苦しそうにしており、激しい腹痛で言葉も出なくなっていたのです。

 

母のかかりつけ病院の救急外来にすぐさま駆けつけました。なかなか順番が回ってこないなか、冷や汗をかいてうずくまる母の背中をさすります。しばらくすると、「さすられると痛いの」とかすれ声で言うので、すぐに手を止めました。もともと胃炎を患っていたり、過去に胆石を患ったこともあるけれど、これほど苦しむ母は見たことがない。どうしよう。私は、何か最悪の事態、たとえば癌などの可能性を考えて、途方に暮れつつ診察を待ちました。

 

母と姉

実は、こうなる予兆はあったのです。

この半月ほど前から、姉がかなり難しい整形外科手術のために入院していました。姉は生まれつき脚の付け根部分の接続が悪かったのですが、それに気づかないまま大人になりました。それが、この年になってから急速に痛みはじめ、手術を受けることになったのです。医師は、「本来なら母親が幼少期に気づいていいはずだった」と言いました。

色々あって、母と姉は非常に折り合いが悪くなっていました。折り合いが悪いまま所帯を持ち、めったに実家に立ち寄ることはなくなっていたのですが、姉の夫はどうしても滅多に休みを取れない仕事に就いているため、入院中の身の回りの世話は、母がせざるを得ませんでした。

ところが、姉は母のやることなすこと気に入らず、入院中は毎日苛立って母をなじっていました。週末は私も見舞いに行くのですが、「あれが気に入らない、これが気に入らない」ばかりで、「そもそも、子どもの頃に気づかなかった母が悪い」と責める。母は弱っている人の気持ちを推し量ることがいまひとつ下手な人間なので、姉の苛立ちもわかるし、過去に色々あって、姉がこのように母に対して復讐のようなことをするのは仕方ないとも思う。母も、幼かった姉に苦労をかけた報いだとわかってはいる。それにしたって、これはあまりに大人げない。

 

仕事から帰ると、母は日に日に憔悴していました。仕事を休むわけにもいかないし、母も「大丈夫だから」と言うので、私は心配しながらも何もできずにいました。母と姉に挟まれて嫌な思いも沢山してきたので、この2人のあいだに深く関わりたくない、という身勝手な思いもありました。

母が倒れてしまったのは私のせいだ。自分の人生さえうまくいけばそれでいいと思っていた私の。

 

うずくまる母の横でそのような思いにかられていた時に、やっと、診察の順番が回ってきました。

 

思いもよらぬ彼の反応

診察とレントゲン撮影の結果、尿管結石と判明しました。そして、その他になにか重い病気が隠れているとも限らないということで、引き続き詳しい検査を受けることになりました。

 

実は、この翌日は夫と温泉に一泊しに行くことになっていました。家には父がいますが、父はこういうときには全く頼りになりません。仕方なく夫に電話で事情を説明し、「明日は行けない」と伝えました。

ところが、夫は渋りました。

「ええ~そうなの? せっかく予約してあるのに。キャンセル料かかっちゃうよ?」

一瞬、夫の神経を疑いました。でも、これ以上説明したり言い争う余裕はありませんでした。

「ごめんね、キャンセル料は私が払うから。とにかくそれどころじゃないから、電話切るね」と言って電話を切り、すべての検査が終了して結果は明日出ると言われたあとに、再度報告の電話。

このときも、「結石くらいなら、温泉行けるんじゃない?お父さんもいるんだし」と言われたものの、不安だからと断りました。

 

結局、夫の言ったとおり、大したことはありませんでした。母には尿管結石以外の病気はなく、水分を多めに取ることや投薬によって2日ほどで痛みがなくなり、数日で姉の看病にも復帰できました。

でも私の心中では、大きなしこり、深い絶望が残りました。それは、夫が私の不安を全く理解しようとしてくれなかったからです。

 

ここで明らかになった「価値観のずれ」は、私にとっては決定的なものでした。彼はこの件で、私と家族を切り離した。そして、彼自身と私の家族を切り離した。それは、どうしても看過できないことでした。

なぜなら、私自身は、自分と彼の家族とを、決して切り離したくはないと思っていたから。もし同じことが彼に起きていたら、私なら真っ先に「家族を優先して」と言ったことでしょう。温泉なんて、キャンセル料なんてどうでもいいと。そして、私に何かできることがあれば、力になりたいと思ったことでしょう。

でも、彼はそう思ってはくれなかった。このことに、私は深く絶望しました。私の家族は、あなたにとってはどうでもいいの? 私が不安に押し潰されそうな気持ちになったことも、あなたにとってはどうでもいいの?

 

仕方ない、とは思いました。人はしょせん、他者の痛みを我がことのように理解することはできない。だから、「どうしてわかってくれないのか」と彼を責め立てるのはお門違いだと頭ではわかっている。

わかってはいるけれど、私はもう、全てがバカらしくなったのです。

 

他者からの愛情を恐れる彼に、根気強く「愛してる」と伝え続けてきたことも。

初めてのバリ島旅行でホテルマンに "Are you married?" と訊かれたとき、彼が "No, we are just friends!" と即答してホテルマンが返事に窮し、笑顔でグッとやり過ごすしかなかったことも。

そして、彼の望み通りにつかず離れずの関係を維持し、結婚しなかったときのために借金してマンションを買おうとあれこれ探してきたことも。

 

もういい。沢山だ。

 

もうこれ以上、先の見えない関係を続けたくない。彼にプロポーズしよう。もし結婚したくないと言うのなら、別れよう。

 

そう決意して、12月のなかば過ぎ、私は夫に電話しました。

(2回目のプロポーズに続く)

 

(追伸)

アラサーマチ子のリアル日記のあとの5年間については、1or 2エントリで終わりにすると予告していたのですが…すみません、やはり、構成上、3回に分けることにしました(^_^;) 

本シリーズを読んで下さっている皆様、もうしばらくお付き合いのほど、よろしくお願いします。