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ポストモダンな『アナと雪の女王』の「その後」を予想してみた。

映画 女子の生き様

先日やっと、息子とアナと雪の女王を観てきました。

 注:このエントリはネタバレを前提としていますので、まだご覧になっていない方はご注意を!!

アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック -デラックス・エディション- (2枚組ALBUM)

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公開後ひと月以上が経ち、ブログやSNS上で既に様々なレビューが書かれていますね。その中でも特に多いのは、「真実の愛は異性愛ではなく姉妹(家族)愛であることに気付いたという“現代の新しいハッピーエンド”」異性愛を必要としない現代のジェンダー観の提示」といった見方であり、確かにこれが一般的な解釈の仕方かと思います。

もはや男は添え物? 「アナと雪の女王」見てきた - ハート♥剛毛系

『アナと雪の女王』にかかったジェンダー観の砂糖衣 - Ohnoblog 2

 

さて、私の場合、ジェンダー観というよりはこれからの婚姻・家族システムのあり方という文化人類学的な視点でこの作品について考えました。すると、この映画の結末は、”現代の新しいハッピーエンド”というような生易しい捉え方はできないと思えてきました。

そもそも、この物語は終わって(END)いない。むしろ、ひとつの大きな問題提起をしただけなのです。

では、この映画がどのような「問題提起」をしたのか。そして、その問いへの答えとして、この物語にはどのような「その後」のストーリーがあり得るのかを予想してみました。

ちなみに、私は人類学者でも社会学者でもなければ、ディズニー映画に特に詳しいわけでもありません。以下に書くことは、ただの「素人の印象論」でしかありませんので、「ま、そーゆー見方もあるかもね」という程度にお読み下さい(^_^;) 単なる思考ゲームです。

 

未解決のストーリーと、重い問題提起

ディズニーのプリンセス・ストーリーは、恋愛から結婚へというハッピーエンドが定石です。つまり、男女が結ばれ、生殖行為によって次世代を再生産することが暗示されており、この次世代の誕生と一族(人類)の繁栄こそが真の結末です。

ところが、アナと雪の女王は、誰も結ばれない物語次世代の誕生が予告されていない物語なのです。

こう書くと、「いやいや、アナは最後にクリストフとキスしてたでしょ」と思われる方もいるでしょう。でも、この2人は社会的に、公式に「結ばれた」とは言えません。

アナはクリストフに特注のソリをプレゼントし、王家に氷を納品する権利を与えただけです。つまり、アナはクリストフと「男と女として対等に結ばれる」つもりはない。王家の人間として、下層民のクリストフに「王室御用達」のお墨付きと、それによってもたらされる一定の経済的保障を与えたに過ぎません。自分の社会的地位を捨てて「駆け落ち」する気もなければ、逆「玉の輿」に乗せる気もない。せいぜいが愛人どまりです。これにはちょっと驚きました。

 

人間社会は―というより、あらゆる種は―生殖行為により次世代を再生産しなければ存続できません。婚姻・家族制度は、人類社会をつないでゆくための、生存をかけた社会システムです。

でも今は、結婚率も出産率も低下し続ける一方で、同性婚という次世代づくりに寄与しない新たな結婚のかたちまでもが議論され、旧来の婚姻・家族システムが本格的に揺らいでいます。私たちは、それに代わるシステムをまだ見出せていません。

そして、この映画も、代替システムを一切提示していない。つまり、「これまでの婚姻・家族システムが揺らぎ、答えの見出せない今、私たちは、人類社会の存続のためにどうすればいいのでしょう?」という問いを投げかけたままで終わっているのです。

とんでもなく重い問いを観客に背負わせて、パタリと終わる。そのことに、心底驚きました。

だってこれは、ディズニー映画、即ち子供とファミリー向けの映画なのです。子供たちに、「あなたたちが大人になる頃には、婚姻という次世代生産システムはもうないかもしれないよ。だから、自分たちでどうにかしてね」と言っているようなものではありませんか。

 

プリンセス・ストーリーの(大雑把な)歴史と、その頂点

詳細な歴史につきましては、以下の論文をご参照ください。面白いです。

ディズニー映画のプリンセス物語に関する考察

 

ディズニーのプリンセス・ストーリーは、『シンデレラ』眠れる森の美女のように、受け身な白人美女が“白馬の王子様”の愛を受けて結ばれるという受動的な愛のかたちから始まりました。

その後、マイノリティや女性の社会的地位の向上が無視できなくなった1990年代に入ると、『アラジン』ポカホンタスなど、ヒロインは主に白人以外の知的かつ快活な美女になり、自らの運命を積極的に切り拓いてゆくことに。それでも、最終的にはイケメン(and/or金持ち)のお嫁さんという安定的地位に落ち着きました。「カーンチ!結婚しよ!」ってね。(このセリフがわからないキミは、お父さん・お母さんに聞いてみよう☆)

 

そして、プリンセス・ストーリー、またの名を女の成功物語の頂点は、2009年のプリンセスと魔法のキスではないかと思います。

 

 主人公のティアナは黒人女性。マイノリティのヒロインは90年代から取り上げられているけれど、公民権運動前のニューオーリンズが舞台で黒人女性が主人公というのは、アメリカの人種差別への直球勝負であり、なかなか思い切った選択ですね。オバマ大統領の誕生後だから可能になったのでしょうか。

そして、そのアメリカにおける弱者代表が、努力の末に理想のレストランを手に入れて自己実現を果たすと同時に、王子様も手に入れています。要するに、彼女は自分の力で仕事(金)も男(家庭)も手に入れた、ワーキングマザーの頂点なのです。

お相手が第三国(たぶん)の貧乏王子だってとこは難点だけど、お金はアタシが稼ぐから問題ナシ。その分、自分にはない社会的ステータスと血統書つきの子宝をもたらしてくれるのだから、それで十分。うーん、なんてイマドキ!

 

全てを手に入れたティアナに引きかえ、エルサとアナの姉妹はどうでしょう。

エルサは己の底知れぬ力を認めてその御し方に気づき、アナは姉妹愛に気づいた。何のことはない、ただ振り出しに戻っただけであり、実際に、自分たちが生まれた城に戻ります。

シンデレラからティアナまでの女たちの獲得をかけた闘いの歴史と、エルサとアナの獲得の放棄。この間には、深い溝があります。前者を「モダン・ガール」とするならば、後者の2人は、ポストモダン・ガール」と言えるでしょう。

 

試みに、ここまでの変遷を、女性ファッション誌とその世代に例えてみます。

 

『シンデレラ』『眠れる森の美女:家事能力や女の若さ・美しさだけを武器に、リッチな王子様(=右肩上がりのサラリーマン)に嫁いで専業主婦になった『婦人画報』世代

 

『アラジン』『ポカホンタス:頭が良くて自己主張が強くて元気!だけど、結局は王子様(=バブル期サラリーマン)と結婚して悠々自適な専業主婦の『HERS』『eclat世代

 

プリンセスと魔法のキス:お金持ちってわけでもないけど、それなりにステータスのある男をゲットして、自分も趣味や仕事で自己実現を果たす『STORY』『VERY』世代

 

そして、アナと雪の女王は、もはやこれという理想の婚姻・家族モデルを見出せず女性ファッション誌も読まない、現代独身女子といったところでしょうか。うーむ。

 

エルサとアナの「その後」

もはやロールモデルのいない(両親も死んじゃったしね!)エルサとアナ。この2人の「その後」はどうなるのでしょうか? 3通りを予想してみました。

 

①そして2人は、お城で独身のまま暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。

個人的には独女もアリだと思うし、これはこれで、2人は心穏やかに楽しく暮らせるかもしれません。でも!!人類史的に見たら、女王と王女が2人とも独身のまま子育てもしないということは、国家の終焉であり、人類の終焉さえも暗示します。これではさすがにミもフタもないですよね? どうなる人類!

 

②エルサは貧しい子を養子にし、アナもクリストフとの間に生まれた子だけを引き取り、2人ともシングルマザーになりましたとさ、めでたし、めでたし。

これは、現代社会へのひとつの「解」と言える現実路線ではないでしょうか。上野千鶴子先生が喜びそうです。エルサは血縁関係のない子を我が子として育て、アナは、自分の地位を捨てずに愛人との間に生まれた子を育てる。お城には召使が沢山いるだけでなく、姉妹は最後にお城を「一般市民に開かれた場(=スケート場)」にしていますから、子供たちは多くの人たちに見守られ、愛されて育つでしょう。

ちなみに、クリストフを城に受け入れて「マスオさん」にしてもいいことはいいですけど、クリストフ自身はそれで納得するでしょうか?ここは微妙なところです。自由気儘な生活を愛するクリストフにお城住まいは似合いません。アナがソリを与えたのも、「あなたは自由に自分の生き方を貫いてね。私もそうするから」というメッセージのような気もします。

 

③エルサはどこかの国の王子様と結婚し、アナもクリストフと結ばれて、みんなで仲良くお城で暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。

団塊ジュニアのワーママとしては、「これが一番いいよねえ」と思いますよ、もちろん。「オバチャン、みんなに幸せになって欲しいわあ~」と。それに、どんなに価値観が多様化していると言っても、婚姻・家族システムは有史以来の根強く強固なシステムであり、選択肢の一つとして今後もしぶとく生き残っていくことは間違いないと思います。

でもでも!!この映画にとっては、このような「ザ・ハッピーエンド」は禁じ手でしょう。ディズニーがこの作品で大きな「問題提起」をした意味がなくなり、この作品の意義を自ら否定してしまうからです。そんなことをするくらいなら、最初から王子様と結ばれるストーリーを作ればいいのですから。

 

もっとも、③が実現する可能性が最も高い気はしています。ディズニーは、その時代における最高の脚本と技術を駆使して劇場版を公開した後、テレビやビデオ販売向けにお粗末極まりない続編を作って劇場版を台無しにする…ということを、わりと平気でやりますからね。

 

いかがでしたでしょうか。あなたは、エルサとアナの「その後」がどうなると思いますか?

  

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