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湖畔にて

ワーキングマザー 自分のこと 働くこと 考えたこと・感じたこと

 

先月末に休暇をとって、湖畔のリゾートに泊まりました。

 

4月以後、息子は小学生になり、私は仕事が多忙を極め、帰宅すると、夫が用意してくれた夕食を取りながら、夕食と入浴を済ませた息子の宿題と翌日の持ち物準備に指示を出しつつ、その日の話を聞く、という、慌ただしい毎日を送っています。

 7月には夫が念願叶って退職し、当面は専業主夫をしながら次の道を考えることになりました。その直後に義父が倒れ、夫は父親の病院と自宅での息子の世話に奔走しています。夫にとって、そういう役割を果たすべきタイミングなのでしょう。

大黒柱になった私は、働き過ぎに気をつけつつも、家計を細々と支えなければいけないわけです。いまのこの職場で、どんなに過酷な壁にぶつかっても(屢々ぶつかっているのですが)、それを乗り越えて自分の役目を全うするしかありません。

 

湖畔を見下ろす丘のへりに建つホテルからは、雄大な山の稜線と、広い空と、碧い湖が見えるばかり。

きこえる音といえば、鳥のさえずりと一足早い秋の虫、木や草が風に揺れる音だけでした。

台風の影響で垂れ込めかけていた黒い雲のすきまからは、時おり、神々しい光が湖面に降り注いでいました。

 

この何もない、壮大な光景を前にして、息子も夫も私も、ただ黙って優しい風に吹かれていました。

夏の終わりに、短くとも豊かな静寂の時間を持てたことは、なにかとても、貴重なことでした。

 

実りの秋に、私たち家族に、祝福のあらんことを。

 

真珠の女

考えたこと・感じたこと 働くこと 装うこと
まいにち真珠を身につけている。

高級なものは持っていないし擬似パールも含まれるが、あわせて3組のピアスとネックレスを服装に応じて付け替えている。

一組は、淡いグレーのアコヤ真珠の一粒ピアスと一連チョーカーのセット。冠婚葬祭用に真珠の卸業者のネット販売で買ったもので、玉虫色に変化する様が美しく、オフィスや週末のカジュアルスタイルにも合わせている。

もう一組は、大きめのホワイトパールに漆細工でシルバーの水玉模様を施したピアスと、ごろんとした大粒のバロックパールに繊細なゴールドチェーンを通しただけのシンプルなネックレス。どちらもネットで購入した別々の個人作家の作品だが、組み合わせて使っている。

そして最後の一組は、幾何学模様に型抜きされたゴールドのチャームと大粒の擬似パールを連ねたぶら下がるタイプのピアスと、さきほどのバロックパールネックレスの組み合わせ。このピアスは、保育園ママのそのまた友達のお手製で、これだけでも存在感があるのでネックレスを合わせないことも多い。


「街場といえば◯◯」といえるテーマアイテムを持ちたいと、いつの頃からか漠然と思っていた。

素敵な人、お洒落な人として印象に刻まれるのは、沢山の服を取っ替え引っ替えしている人ではなく、「Aさんといえばスカーフ」「Bさんといえば◯色」といったように固有のトレードマークを持っていながら、よく考えてみないと思い出せないほどにその他の服装や本人のキャラクターと溶け合い、渾然一体となってその人の印象を浮かび上がらせているものだ。「あの人、いつもとても素敵だけど…そういえば、いつもスカーフを素敵に纏っているな」という具合に。

20代、30代の試行錯誤を経て、そのトレードマークたり得るものは、自分にとってはパールではないかとうっすら感じ始めた頃。不思議なことに、その他のジュエリーが相次いで壊れたり失くしたりして、手元にパールだけが残った。

こうして始まったパールオンリーの生活は機能的でシンプルだ。どれを身につけようかと迷う必要はほぼなく、毎朝その日の服装に合わせて自然と決まる。首元の詰まったニットにはぶら下がるピアスを、デニムスタイルにはあえてオーソドックスな一粒ピアスと一連チョーカーを、といった具合に。


パールの良さは、その柔和な表情にある。

研磨された鉱石の鋭角的なフォルムではなく、自然がかたち作るまろやかなフォルム。

みずから放つ強い輝きではなく、ひかりに照り映えるやわらかな輝き。

実のところ、手塩にかけて完成された高級真珠はあまり好きではない。フォルムが完璧すぎて個性がないし、てらてらと照り輝いて自己主張が強すぎる。凹凸やキズのあるパールのほうが、一粒一粒に個性とつけ入るスキがあり、控えめな官能性がある。
 
パールのこうした柔和さと女性性は、特に仕事の場で先鋭化しがちな激しやすさや批判精神を和らげ、自分の奥底にある柔らかな部分と響きあう。身につけるものは心の持ちようや振舞いと深く結びあうので、パールを身につけていると、そうでない自分よりも柔らかで丁寧な言葉遣いや対応ができている、ような気がする。

それはちょうど、一クセも二クセもある気難し屋のオジサン上司たちと、女性だらけの部下たちのあいだを、機知と和をもって纏めたいという個人的な願いとも通じあう。

私にとって、もはやパールはお守りのようなものなのだ。


身につけるジュエリーをパールに限定したことで、コーディネートのパターンや身につける色も自然と幾つかに絞られてきた。もはや、ほぼ「10着しか服を持たないフランス人」状態になりつつあるが、山ほどの服やアクセサリーに踊らされるより、これだと納得できる数少ないコーディネートを毎日身につけている方が、時間もかからず気分がいい。

「いつも気分がいい」というのは、とても大事なことだ。

折りしも昨年の秋以降、慣れない職場と難しいポストで日々強いストレスに晒されるようになってからは、「気分よく」いられる装いをしていることが、自分の身を守り心を落ち着かせる強力な武器になっていると実感するようになった。

直属上司からかなり理不尽なことを言われても、それをひとつの笑いのネタや次回へのより上手い対応に結びつけようと気持ちを素早く切り替えられるのは、「気分よくいられる装いをしている自分」という自負に支えられている部分が多々あるように思う。それをいつもすぐ隣りで見ている部下の女性には、「街場さんて、強いですよね」とよく言われるが、その「強さ」は「気分のよさ」がもたらしている。前出の記事にあるとおり、おまじないのように朝コーヒーを買うのも、「気分のよさ」を底上げするひとつの方法だ(最近はやや回数が減ってきたけれど、気分をアゲたいときには、やはりこのおまじないが欠かせない)。

「不機嫌さ」で人を束ねようとする上司がよくいるが、家庭でも仕事でも、それは全くもって何も良い結果をもたらさない。「気分のよい」人が、「気分のよい」環境をもたらす。そういう人に私はなりたい。

パールオンリーで日々新しい職場に通い、周りも自分も互いに少し馴れてきた3ヶ月め頃。いつも朝早めに出社して始業前の穏やかな時間を共にするチームメンバー2人に、「そういえば、街場さんパールがとってもよく似合ってるよね!特に、ゴロンとした大きめのパールが素敵よ」「そうそう、すごく雰囲気に合ってる! 街場さんといえば、パールって感じ」と言われた。

パールしかつけないことがルーティンとなり、もはや特に意識してさえもいなかったので、「街場といえば◯◯」といえるテーマアイテムを持ちたい、というささやかな願いがいつの間にか叶っていたのだと気づき、驚いた。ごく自然にいつの間にかそうなったようでもあり、綿密な取捨選択の積み重ねがもたらした結果のようでもあり、何とも言えない不思議な気持ちがした。

どうやら私は、「真珠の女」になったようである。


Not arrogance, but elegance

働くこと 考えたこと・感じたこと
傲慢ではなく、品性を。

最近、このフレーズを常に心に留めている。ふと自分で思いついたつもりで、なかなかキレイに韻が踏めてるじゃない、などと自己満足に陥ったのだけど、どこかの誰かの箴言かもしれない。

最近改めて感じ入るのは、世の中には「偉い立場の人間は偉そうに振る舞う権利がある」と思い込んでいる人たちが結構いる、ということだ。無意識にせよ、意識的にせよ。

組織で人の上に立つのは、本人の努力はもちろんのこと、様々なファクターが絡み合って、たまたまその立場にいるだけのことだ。努力できる環境に恵まれ、家族や自分が病や老いに倒れることなく、人生の階段を順調に上ることができている。いま自分がそうした時期にあるからこそ、その立場にいることが可能なのであって、「下の人間」より必ずしも優れているということでは全くない。

これまで出会ってきた尊敬すべき上司たちは、皆腰が低かった。無闇にペコペコ頭を下げるという意味ではなく、相手の立場に関わらず、人と人として他者にリスペクトと関心を寄せ、丁寧に対峙する人ばかりだった。パートや派遣、ビルの清掃員にも、きちんと挨拶をして一声かけるような。もちろん彼らも欠点がないわけではなかったけれど、部下や同僚たちに一定以上の尊敬と信頼を注がれていたのは間違いない。

そして私も、彼らのようでありたいといつも思ってきた。ある程度の人数のマネジメントを任されたら、傲るどころか、自分のチームで働いてくれていることに対してありがたいと思うのが自然な感情だし、メンバー個々の職務上の長所や欠点だけでなく、不満や希望、必要であれば、その背後にある動機もある程度理解しておきたい。

もちろん、そのような個々の理解は一朝一夕にできることではなく、日々の仕事やコミュニケーションを通して、少しずつ信頼関係を築きながら得ていくほかないものだ。人事や上司から前もって個々の評価を聞かされてはいるし、中には、「あの人って、○○らしいんですよね〜」と、ご丁寧に悪評を告げ口してくれる人もいるものの、そうした悪評はカッコで括って棚に上げておくことにしている。経験上、それらは参考程度にしかならないことが多いとわかっているからだ。

実際に、新しい職場で多くの悪い前評判を聞かされていた人がいたものの、その背景には深刻な家庭事情があることがわかり得心した。なぜそれがわかったのかと言えば、彼女が私にふとそれを漏らしたからだ。
付き合いの短い相手にそんな秘密をこぼすなんて、上司の立場にある私に媚びようとしているか、依存体質の可能性もある。そこは慎重に見極めようと思いつつ相談に乗ったものの、そのいずれでもないことはすぐにわかった。彼女はおそらく、自分が既にあらぬ誤解や悪評を買っていることをわかっているので、先入観なしに相手を受け止めようする私の態度に心を開いてくれたのだろう。

家庭でも職場でも複雑な事情を抱えてモチベーションを保てないでいる彼女は、人事評価という点では相対的に低く見積もらざるを得ないけれど、そのことが彼女という人を蔑む理由にはならない。私は彼女の相談に乗っているだけではなく、対話を通して、彼女の優しさやユーモアや独自の知性に触れることを楽しんでいる。

最近パートタイムで勤務し始めた別の女性は、その人品や的確な仕事ぶりから、只者ではないなとすぐに直感した。ランチに誘って話を聞くと、かつては大手外資系金融機関でバックオフィスの責任あるポジションに就いていたことがあり、現在は肉親の看病と資格取得のためにパートタイムを選択しているということだった。

長い仕事人生で、常にトップレベルのモチベーションと集中力と貢献を維持し続けられる人間なんてどこにいるだろうか。もしいるとすれば、それは仕事のために全てを投げ打って他人任せにできる環境にある、ごく限られた人間だけだろう。

自分の過去を振り返っても、仕事に全力で集中できる時期とそうでない時期が、数年単位で交互に訪れてきた。タフだけれどやりがいのある仕事に邁進する時期もあれば、仕事内容や人間関係に疑問を感じて資格の勉強や趣味に軸足を置いていた時期もある。育休から復帰した後の2、3年は、手のかかるヤンチャ息子の子育てに体力と集中力を大幅に削ぎ取られ、人事評価もあからさまに下がらざるを得なかった。出産前は同僚の手本となるような働きをして、高い評価を得ていたというのに。

それぞれの人には、それぞれの人生の波があり、仕事とうまく噛み合う時期もあれば、そうでない時期もあるのだ。人事評価自体は、ある時点での偏差値的な相対評価でランク付けせざるを得なくても、仕事の「偏差値」が低いからといって、その人を下に見る謂れは必ずしもない。

それなのに、職務上の地位や評価が低い人間は、人としても軽んじられて当然なのだと思い込んでいる人は存外多い。しかし、そのような思い込みをもとにマネジメントを行うと、チームメンバーをマイナス評価でしか計らず、欠点をあげつらうことばかりに専心し、結果的にはメンバーの意欲低下を助長するだけだ。むしろ、相対評価の低い人であっても、その長所や希望を探りあて、それらを生かせる仕事を限定的にでも任せることで、本人のモチベーションも高まり、チーム全体に良い影響をもたらし得るというのに。

偉そうにふんぞり返り、「下の連中はダメだ」「うちの部下が働かない」などと息巻いているのは、本人のマネジメント能力のなさを露呈しているだけに他ならない。

また、同僚をそのような尺度でしか測ろうとしない人に対しては、たとえどんなに仕事がきちんと出来たとしても、部下としては警戒する。私にはいつもへりくだり、積極的に手伝いを申し出てはくれるけれど、2人だけになるとやたらと他者の悪評を告げ口したり、自分より一回り近く年上の派遣社員に対しては、あからさまに上から目線でキツく注意する人がいる。常に、他人が自分より上か下かを判断して対応を変えているのだ。

今のところ、彼女は私を媚びを売っておく価値のある相手と判断しているのだろうが、この先、私の対応が自分の意に沿わなかったり判断ミスを犯していると感じれば、彼女はすぐさま私の悪評を広めようと画策するだろう。

一見親切で仕事ぶりも丁寧だったとしても、このように他者を貶めて自己の優位を保持しようとする態度は、自分で思っている以上に透けて見えてしまうものであり、チーム全体の雰囲気にも悪影響を及ぼすものだ。

第一、そういうのって、下衆でしょう。

まあ要するに、私はこういう薄っぺらな自己防衛が大嫌いなわけだが、マネジメントの立場にいる限りは、いつ一波乱起こしてもおかしくないこのタイプのメンバーを排除せず持ち上げ過ぎもせずに、いかにチーム運営に活かしていくかが課題なわけだ。

たかだか数人〜数十人のマネジメントをしているに過ぎないのに偉そうな態度を取り目下の人間を嘲る上司も、利用できそうな上司には浅はかな媚びを売り、下の立場の人間には高飛車な態度を取るチームメンバーも、「他者をランク付けして自分が優位に立とうとする」という共通の行動原理を持っており、私はこのような行動原理を嫌っているがために、つい警戒心を強くしてしまう。

でも大局的に見れば、このような行動原理を良しとしないのは、あくまでも私個人の道義心や倫理観でしかないのだ。

もし私が、自分なりの正義や価値観を一方的に振りかざしてチームメンバーを評価しようとし始めたら、私自身が「他者をランク付けして自分が優位に立とうとする」傲慢な上司に成り下がるだろう。

この陥穽にはまるのは、実にたやすい。

それというのも、私自身、過去に同じような過ちを犯したことがあるからだ。その当時は、チームや組織のために「よかれと思って」とっていた言動や姿勢が、私だけがその要因ではなかったとはいえ、あるメンバーの孤立に繋がってしまったのだ。
そのことで、私は尊敬する上役に厳重注意を受けた。「君がいつもチームや組織を良くするために最善を尽くしていることはよくわかる。でもそのために、上に立つ人間が、立場の弱い人を傷つけては駄目なんだ」と。猛省した。自分では一種の「良心」だと思い込んでいた価値観が、結果的には傲りを招いたのだ。

2度と同じ過ちを繰り返さないために、ひとつ心に決めていることがある。それは、人の悪評ではなく、良い評判を最大限重視することだ。

経験上、人に対する良い評価は、悪評よりも遥かに信頼に足るものだと実感している。

2人以上の会話のなかで、ある人がそこにいない第三者を悪く言うときは、どんなに客観的であろうとしても、それまでの様々な経験から来る偏見、相手への嫉妬心、自分に対する自信のなさなど、何がしかのバイアスが大きく働いてしまう。

それに比べたら、褒め言葉で嘘をつくのは遥かに難しい。本当は嫌いだけど人前では褒めておいた方が無難だとか、その方が有利だという下心が働いていたとしても、神経質で何かと細かい人のことを「配慮の行き届いた方ですよね」と褒めることはできても、「とても大らかな方ですよね」と評することはまず難しい。そんなものは見え透いた世辞、あるいは嫌味としか受け止められないからだ。褒め言葉の方が、悪口よりも精度が高いのである。

だから、個人的にはあまり好きでなかったり、評価できないと感じている人であっても、誰かがその人のことを褒めていたら、私はその言葉をとにかく信じてみようと心掛けている。特に、上司として人事評価をするにあたっては、個人的な先入観よりも、他者の高評価の方を重んじる。より客観性の高い評価をしようとするなら、そのくらいで丁度バランスが取れるのだ。

上司に媚びて派遣さんには辛くあたる彼女だって、細かい配慮が行き届く社員という点では高く評価すべきなのだ。そのことを決して忘れてはいけないといつも気をつけているし、彼女が何かで協力してくれたら、たとえそれが見え透いた点数稼ぎに思えたとしても、感謝の言葉をしっかり伝えるようにしている。「見え透いた点数稼ぎだ」と思うのは私の心の問題であって、彼女が協力してくれたという行為は、紛れもない事実なのだから。

そもそも、このような自己保身は、たいてい自信のなさやコンプレックスから来ている。誰かに認められたい、褒められたいと、彼女は人一倍思っているのだ。

それならば、彼女の良いところを認めて褒めればいい。自分はここにいていいんだと思えたとき、人は必ずその良さを発揮する。各人がその良さを発揮したら、チームの成果は必ず上向く。

マイナス点をつけていくのではなく、常にプラス点をつけていきたい。客観的にマイナスせざるを得ない事実があったとしても、「人を裁くな、事実を裁け」が鉄則だ。同じミスを犯しやすい人がいるなら、どうしたら同じミスを防げるのかを一緒に考え、みんなでサポートすればいい。

「仕事なんだから、そんなボランティアみたいなことやっていられるか。ダメなヤツはダメなんた」という人もいるだろう。でも、みんなが少しずつ前向きな気持ちになれば、チーム全体の成果は必ず上がる。いつマイナス評価されるかとビクビクしていたら、人は生かせるものも生かせないのだから。

「袖振り合うも他生の縁」と思う。
「実るほど頭を垂れる稲穂」でありたいと思う。

たまたま巡り会った人たちとの縁を大切にしたい。どんな人にも、かならず光る何かがあり、その光りに多少なりとも触れることができたとき、無類の悦びを感じるから。とてもおこがましいかもしれないけれど、袖触れ合った誰かが、私とのささやかな触れ合いを通して自分の心のなかに何がしかの光りを見つけることができたとしたら、それほど嬉しいことはない。

恐れや嫉妬や保身で覆われた心の奥にある光りを信じようとすること。他者から貶められるかもしれないという恐怖でこわばる相手に、まずはこちらから笑顔と手を差し伸べること。

それが、私にとってのエレガンス、すなわち品性である。

無糖ミルクコーヒー

働くこと 生き方 自分のこと 考えたこと・感じたこと ワーキングマザー
東京は山と谷の都市である。

先月末から働き始めた職場の最寄駅は、都心の谷底のさらに地下にあり、そこからオフィスビルまでは何基ものエスカレーターを上り継いでやっと辿り着く。そのビルは「山」の名を冠する土地のいちばん高い地点、つまり山頂にあり、さらに天へと高層階が貫いている。オフィスは最上階ではないものの、そこからは遠く東京湾を見下ろせる程度に高い。

面接の際、米国人上司はその社風を”friendly and down-to-earth”と評したけれど、谷底から見上げるそれはさながらバベルの塔であり、およそ地に足のつかない場所にある。雲の近くで私が何をしているかといえば、上司の雑務を次から次へとひたすら処理する、地を這うごとき地道な作業だ。


半年以上かけた転職活動は苦戦の連続だった。これまでとは違う業界、職種を中心に回り、内定を貰えた企業もいくつかあったが今ひとつ納得できず、その一方で、書類さえ通らない企業は数十社に上った。

エージェントに呼び出されて出向いたものの、30そこそこの男性ヘッドハンターに「ご経験豊富なんですねえ。何年かというのは…まあ、言うのはやめておきましょうか?」と、女が社会で経験を積んできたことを正面きって小馬鹿にされたこともあれば、いかにも海千山千の還暦近いおじさんに、「私から言わせてもらえば、あなたの業界の人間なんて常識知らずもいいところですよ」と、いきなり一刀両断されたこともあった。

もはや万策尽きたと諦めモードに入った頃に、あるエージェントからこの話が舞い込んだ。いままでと同じ業界、同じ職種ではあるが、これまでに経験したことのない大規模組織であるうえに、この職種では滅多にない管理職採用だ。

「ああ、また呼ばれている」と思った。面接する前から、おそらく私はここで働くだろうと直感した。実際に、面接では私の職業経験は丸ごと高く評価され、即戦力としてこれほど良い条件で採用されることは最早ないだろうと思われた。

この仕事は、特にやりたくて選んだわけでは全くない。過去記事で書いたように、やむにやまれぬ事情から、「いまの自分にできることはこれしかない」と腹を括って入った世界だ。もっと他にやりたいこと、できることがあるかもしれないと、他の仕事にチャレンジしようと試みたこともこれまでに何度かあった。しかしその度に、何か大きな力に引き寄せられて、この道でステップアップせざるをえない状況にいつの間にやら立たされる、その繰り返し。

そして今回も、私はこの仕事でまた一つ次の段階へ上ることになった。特に願ったわけでもないのに、なぜいつもこうなるのだろう。

でも、この道を選んできたのは確かに間違いなく自分なのだ。望むと望まぬとに関わらず、雨が降ろうと槍が降ろうと家事育児に追われようと、18年近くひたすら続けてきたことは、否応もなく私が身につけた「技」であり生きる術なのだ。

何をつくりだすわけでもなく、誰を喜ばすわけでもない。社会的に重要な仕事をしている人たちのサポート業務といえば聞こえはいいが、彼らの仕事が本質的にどれだけ大事なのかという疑問も拭いきれず、自分がやっていることの「社会的意義」みたいなものを確信できないままでいる。高層ビルの楼上でいつも身綺麗にしてデスクに向かうこの姿は、見ようによっては「虚業」以外のなにものでもないだろう。

それでも、私はこの「技」で自分を生かしてきたし、それ以上に家族を支えてきた。まして、夫が脱サラを希望している今の状況にあっては、自分の「技」をより高収入に繋げうるこのチャンスを活かさない手はない。

たとえ「虚業」だとしても、この「技」が、私の「仕事」だ。それを認めることが、これまでの人生を認めることでもあるのだ。


東京は天と地の都市である。

そして私は朝になると地底から天上の楼閣を目指し、暗くなると再び地底に下りて家路を急ぐ。眼下に燦然と輝くビルと首都高の夜景の底に吸い込まれ、これは現実なのかそうでないのかと、ときどき訝しく思いながら。

山頂のオフィス入口から天へと上る高速エスカレーターに乗るまえに、私は毎朝玄関脇のコーヒー店に立ち寄って、「無糖ミルクコーヒー」という商品を買う。職場にもコーヒーは常備されているのだから、毎日それを買う必要はない。にもかかわらず、入社以来ひと月近く、私はこの新しい習慣をどうしても欠かすことができないでいる。「カフェラテ」ではなく「ミルクコーヒー」。そのことばの些細な確かさが、僅かながらも心の拠りどころになっているような気がする。

天に上れば、そこには上司だけでなく、私と同世代かそれより上の、「部下」となるべきメンバー数名がいる。いまはまだ、入社したての慣れない私をみな親切に迎えてくれているものの、私がはたして上司に相応しい器かどうか、彼女たちは冷静に見極めようとしているはずだ。

ミルクの甘みとコーヒーの苦みが、不安定な足元をかろうじて支えている。そしてまた、天と地のあわいで禄を喰むこの生活が紛れもない現実であり、明日へと繋がる道なのだということを、再確認させてくれるのだ。

曲がり角のあれこれ

自分のこと

ふぃー、ご無沙汰しています。このひと月半のあいだに、色々とありました。女四十は、やはりひとつの曲がり角のようです。

 
4月中旬、本格的に転職活動を始めました。3年前の転職時に作った履歴書と職務経歴書をリファインし、いくつかの転職サイトに登録するだけでもひと仕事。その後は、怒涛のように求人情報メールが押し寄せて、目を通すだけでも大変です。
 
そんな折に、人生初の大腸カメラ検査を受けました。3月に受けた健康診断でいくつか引っかかってしまい、便潜血で大腸カメラを受けるよう指示されていたのです。
 
3日前から食事制限を始めて、当日は腸を空っぽにして胃腸科へ。内視鏡を入れると、なんと3つもポリープが見つかり、その場で切除してもらいました。
 
ポリープが3つもあったうえに、ひとつは限りなく肛門に近くて再出血の可能性が高かったため、本来なら3、4日の入院をすすめられるケースだとか。でも、切除を受けたのは町中のクリニックで入院設備はないし、小さな子供がいると入院するのも難しいだろうということで、数日は基本的に横になって安静にし、2週間は食事と運動制限つきという、思いもよらぬ一大事になってしまいました。
 
火曜日に切除したので、仕事はその週いっぱいお休みし、ほぼひたすらベッドの上。特に最初の2,3日は、30分も体を起こしていると腸内の傷跡が鬱血してくるので、とにかく横になっているしかありませんでした。

一週間後には、頚管ポリープの切除のために婦人科へ。こちらは健診時に判明しており、小さいのがひとつだけなので、すぐ済みました。

GWもあまり遠出はせず、連休明けにやっと食事と運動制限が解禁に。それでも、数日横になっていたり、その後もそーっと歩いていたので筋力がすっかり低下し、本調子に戻ったのは先週始めの頃でした。ふぅー、予想以上に長引いた^_^;

幸いどちらも腫瘍ではないとの結果が出たものの、トシも年だし、甘く見てはいけませんね。ポリープが出来やすい体質かもしれないので、今後も定期的にチェックを受けるつもりです。

中断していた転職活動の方は、GW明けから再開しました。女、子持ち、40歳の三重苦に加えて、業界も職種もできれば変えたいという大胆な希望を持っているので、書類選考からして、なかなか通りません。今のところ、応募10件につき1件の割合で面接にこぎ着け、ひとつは2次面接に進んでいるという具合で、まだまだこれからです。

もっとも、条件が不利なのは最初からわかっていたことなので、焦ったり落ち込んだりはしていません。人材紹介会社のコンサルタントなんかは、しきりにこの条件でのマッチング率の低さを強調するのですが、就職って、確率ではなく相性の問題ですから。100社受けて99社落ちようが、残る1社で互いが本当に納得できれば、それでいいわけです。

自分の経験を活かしながら、さらにキャリアの幅を広げられる場が必ずあるはずだと確信しているので、今後も焦らずじっくりと続けていくつもりです。

そんなこんなで、ポリープ摘出、それによる体力の低下、そして転職活動…と非日常が続き、ブログもしばらくお休みしていましたが、日常ペースに戻って再開したいと思います。転職活動はこれからも続きますが、いつ終わるかわからないのだから、日々の生活を見失わずに平常心を保たないと、神経も体力も擦り切れてしまうので。

こちらのブログも、始めた途端に中断してしまったサブブログの方も、書きたいことが溜まっています。書くぞ書くぞっ!