夫への返信(離婚宣言)

夫へ

 

手紙読みました。ブログも読んでるよ。

結局、ずっと書いてなかったのね? そして、これを機に書き始めたと。


もう全部、正直に言うよ。

 

まず、手紙について。

内容以前にまず愕然としたのは、文章があまりに酷いこと。

 

あの文体はハルキもどき? 辻仁成風? 封筒から取り出して文が目に入ったとたん、猿真似の切り貼りみたいな文体があまりに恥ずかしくて、しばらく読む気になれなかったわ。あなたがあんな手紙しか書けないなんて、正直、とてもショックだった。

ちなみに、私あなたに「きみ」なんて呼ばれたことないよね? 下に見られてるようで気分悪いから、次からはやめてね。

 

翻訳学校に通っていたころ、メーリングリストでみんなでやり取りしてたよね。あの頃のあなたの文章にはキレがあって、師匠が「おまえは翻訳するより自分で書け」と言ったのも、もっともだと思ってた。あの頃から、ちゃんと書き始めていればよかったね。自分自身と言葉で対峙する習慣を、身につけていればよかったね。

 

あらためて、よくわかったよ。人は、ただ読むだけではダメなんだと。あなたは、私やマチオ(息子)ときちんと対峙せずに読んで読んで読みまくって、それをまるで無駄にしていたのね。

 

ものを書かないにしても、インプットしたものを自分のなかに取り入れるためには、それを自分の思考に組み込んでいく必要があるでしょう。「自分が何を考えているのか、文章にしないとはっきり自覚できない人間なのだと気がついた」って、そんなこともわかっていなかったの?

 

そんなのあなただけじゃない、誰だってそうなの。文章として書いたり打たなくても、人が思考するとは、すなわち言語化することでしょう。言語化してはじめて、自分の思考を客観視したり相対化できるんでしょう。そんなこと、あれだけ本を読んでいて、わかっていなかったの? 他人事だと思ってたの?

 

要するに、あなたは何も考えていなかったに等しいってことでしょう。そうでなければ、この15年かそこらで、あんなにも文章が劣化するはずないわ。

 

特に、あの手紙の酷さ。どこかで読んだようなフレーズが並んでるだけ。もちろん、名作のフレージングを自分の文体にあえて取り入れるのは悪いことじゃない。でも、あなたはただ本の中の言葉をそのまま取り込んだだけで、自分の思考の糧にしていないから、言葉が自分のものになってないのよ。空っぽなの。

それは、ブログも同じ。さすがに手紙よりマシだけど、難しげな言葉の羅列が上滑りして、中身がない。

 

他人の文章にこれまで散々ケチをつけ、「俺は少し読んだだけでそいつが文を書ける人間かどうかわかる」などと豪語しておいて、自分の文章への批評性はまったくないの? 書いてみてわかったでしょう、自分がいかに文章が書けないかを。テクニカルなことを言ってるのではなく、本質的な意味でよ。

 

「口べたは一生なおらないのかな」と書いていたけど、「へた」なのは会話だけだと思ってる? それだけ本を読んで50年生きてきた人が、「会話では、すぐ自分の意図とは違った意味にとられかねない発言をしてしまう」なら、会話だろうと文章だろうと、それはなにも考えていないただの「バカ」だということよ。

 

発した言葉、書いた文章が、その人のすべてなの。そうやって自分の言葉に責任をもつことが、「言葉が全てとさえ思っている人間」のすべきことではないの? いい歳をして「世間や他人がどう思おうが関係ねえよ」と他者の言葉と対峙することを放棄し、相手の言葉を咀嚼し自分の思考と結びつけてアウトプットする鍛錬を、怠ってきたということでしょう。


自分の書いていることがどれだけ辛辣であなたにとって厳しいものか、よくわかってるよ。色々と反論したいだろうし。こんな厳しいこと、世間の大半の、日頃から言葉や文章について特に意識していない人たちには決して言わないよ。

でも、あなたはそうではなかったはずでしょう。だから、辛辣なのは百も承知で言ってるの。

 

15年前の私は、あなたや師匠たちと出会って、自分の無知を恥じ入ったの。あなたを尊敬していたし、少しでも近づきたい目標だった。

あなたの知っていることを知りたいと思ったし、自分は共感できなくても、あなたがどんなものやことに心を動かされるのか知りたかった。

 

でも、あなたはそうではなかったと、よくわかってる。あなたが理解できない、あなたが関心を持てないことに私が夢中になったりすると、あなたは私をバカにした。だから私は、あなたが興味がないであろうことを、ひとつひとつ、諦めてきたわ。関係を維持するために。


気づいてる? この家は、あなた中心の空間よ。

私の本や美術展の図録は、本当は手に取りやすい場所に飾っておきたいけど、隅の方に追いやられてる。

好きな小物を飾っておいても、あなたの本に侵食される。

家にいてもドライブのときも、どんな音楽を聴くのかという決定権は、私にはない。

そしてあなたは、そのすべてを当然のことと受け止めて、意識したことさえない。

よく、キッチンは女の居場所とか言うけど、うちはキッチンもあなたのものだしね。


こんなに長くこの家に住んでいても、私には、自分の居場所と思える空間がないの。

 

この前も話したけど、諦めることを選んだのは確かに私よ。でもそれは、あなたの私に対する無関心や侮蔑の積み重ねの結果としての、やむを得ない選択だったの。そうでなければ、あなたと円満な関係を維持できないから。マチオが生まれてからは、子供の前でそんなことで議論やケンカをしたくもなかったしね。

 

私はもう、こんな生活を続けていきたくない。もっと自由に、のびのびと生きていきたい。


あなたはチャンスをくれと言うでしょう。でも、この先も一緒に居続けたら、あなたは常に、私があなたに満足しているのか、怒っていないかと、私の本心を探ってビクビクし続けなければならなくなる。まるでかつての私みたいに。ただ立場が逆転するだけ。

私はそんなことであなたに報復したくない。だから、私たちは離れるしかない。

 

あなたがやっと書き始めたことは、あまりに遅すぎるけど、とてもよかったと思ってる。あんな文章を書くようでは、少なくとも現時点では物書きには程遠いけれど、これから何をして食べていくにしても、書くこと、つまり、自分や他者ときちんと対峙することから、今度こそ逃げないでほしいの。

 

そして、長い長いモラトリアムから卒業して大人になってほしい。ていうか、そうでないとマズいでしょ、ほんと。あなた自身のこれからのために、危機感をもって取り組んでほしい。


マチオとも話し合ったよ。私について来るそうです。もちろん「このまま3人一緒がいい」と言ったし、涙目になっていたけれど、あの子は賢いから、私の決意が固いことを感じ取ってくれたと思う。そんなに取り乱したりもせず、「こういう場合はどうするの?」などと、とても冷静にシミュレートして質問し、私がそれに答えることを繰り返したら、「それなら大丈夫な気がしてきた」と覚悟を決めてくれた。

 

お義父さんの死に際しても思ったけど、マチオはいつも現実から目を逸らさず、前向きに考えようとするね。あの子は強い人間になると思う。

 

 

この前も少し話したけど、今後については、マチオの小学校の学区内、できればこの家の少しでも近くに部屋を借りようと思ってる。

 

おりしも、仕事の方も上が心配してくれて、私の補佐を採用する予定だし、そうなったら私の残業はだいぶ減るはずなので、学童帰りにはほぼ間に合うと思う。間に合わなくても多少は留守番できるだろうし、保育園と小学校のママ友ネットワークを最大限に活用して、人の手も借りてやっていくよ。マチオには、家族だけとの閉じた関係ではなく、地域社会のなかで、沢山の人に見守られているんだという安心感や他者への信頼感を持ち続けていて欲しいの。

 

もちろん、あなたさえよければ、私が遅くなるときはお父さんのところでご飯を食べたり泊まってきていいよ、ということにしてもいいと思う。週に1回お泊りの日を決めてもいいし。マチオはいつでもお父さんのところに遊びに行っていいし、車で遠くの公園やお出かけに連れて行って欲しかったら、いつでもお父さんと行っていい。ただ両親が別々に生活するだけで、マチオにとって、お父さんとお母さんがいつもそばにいることに変わりはない。できればそういう方針でいきたいと思ってるけれど、それでいいかしら?


あなたと顔も合わせたくないとか、そんなことはまったくないよ。あなたの家族との付き合いもこれで終わりとは思ってないし、お義父さんの一周忌もあなたがよければ参列させて欲しいです。

そうそう、あなたがよければ、8月の海外旅行は予定どおり行きましょう。マチオにとっては初めての海外で、とても楽しみにしているからね。
準備が整い次第、9月~年末までに、ここを出るつもりです。

 

あなたにとっては何もかもが寝耳に水で、本当に愕然としているだろうと思います。ごめんね。でも、古今の文学を読んでいるあなたにはよくわかると思うけど、女がこういうことを決断したら、もう後ろは振り向かないよ。男性の苦悩はここから始まるのだろうけど、私は既に、ひととおりの苦悩を乗り越えてしまったの。


さてさて、これから色々と準備をしないと。もちろん、周囲にも報告しないとね。みんなに反対されるだろうけどね。私たちの関係の在り様は変わるとしても、今後とも、どうぞよろしくお願いします。

 

 

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