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無糖ミルクコーヒー

働くこと 生き方 自分のこと 考えたこと・感じたこと ワーキングマザー
東京は山と谷の都市である。

先月末から働き始めた職場の最寄駅は、都心の谷底のさらに地下にあり、そこからオフィスビルまでは何基ものエスカレーターを上り継いでやっと辿り着く。そのビルは「山」の名を冠する土地のいちばん高い地点、つまり山頂にあり、さらに天へと高層階が貫いている。オフィスは最上階ではないものの、そこからは遠く東京湾を見下ろせる程度に高い。

面接の際、米国人上司はその社風を”friendly and down-to-earth”と評したけれど、谷底から見上げるそれはさながらバベルの塔であり、およそ地に足のつかない場所にある。雲の近くで私が何をしているかといえば、上司の雑務を次から次へとひたすら処理する、地を這うごとき地道な作業だ。


半年以上かけた転職活動は苦戦の連続だった。これまでとは違う業界、職種を中心に回り、内定を貰えた企業もいくつかあったが今ひとつ納得できず、その一方で、書類さえ通らない企業は数十社に上った。

エージェントに呼び出されて出向いたものの、30そこそこの男性ヘッドハンターに「ご経験豊富なんですねえ。何年かというのは…まあ、言うのはやめておきましょうか?」と、女が社会で経験を積んできたことを正面きって小馬鹿にされたこともあれば、いかにも海千山千の還暦近いおじさんに、「私から言わせてもらえば、あなたの業界の人間なんて常識知らずもいいところですよ」と、いきなり一刀両断されたこともあった。

もはや万策尽きたと諦めモードに入った頃に、あるエージェントからこの話が舞い込んだ。いままでと同じ業界、同じ職種ではあるが、これまでに経験したことのない大規模組織であるうえに、この職種では滅多にない管理職採用だ。

「ああ、また呼ばれている」と思った。面接する前から、おそらく私はここで働くだろうと直感した。実際に、面接では私の職業経験は丸ごと高く評価され、即戦力としてこれほど良い条件で採用されることは最早ないだろうと思われた。

この仕事は、特にやりたくて選んだわけでは全くない。過去記事で書いたように、やむにやまれぬ事情から、「いまの自分にできることはこれしかない」と腹を括って入った世界だ。もっと他にやりたいこと、できることがあるかもしれないと、他の仕事にチャレンジしようと試みたこともこれまでに何度かあった。しかしその度に、何か大きな力に引き寄せられて、この道でステップアップせざるをえない状況にいつの間にやら立たされる、その繰り返し。

そして今回も、私はこの仕事でまた一つ次の段階へ上ることになった。特に願ったわけでもないのに、なぜいつもこうなるのだろう。

でも、この道を選んできたのは確かに間違いなく自分なのだ。望むと望まぬとに関わらず、雨が降ろうと槍が降ろうと家事育児に追われようと、18年近くひたすら続けてきたことは、否応もなく私が身につけた「技」であり生きる術なのだ。

何をつくりだすわけでもなく、誰を喜ばすわけでもない。社会的に重要な仕事をしている人たちのサポート業務といえば聞こえはいいが、彼らの仕事が本質的にどれだけ大事なのかという疑問も拭いきれず、自分がやっていることの「社会的意義」みたいなものを確信できないままでいる。高層ビルの楼上でいつも身綺麗にしてデスクに向かうこの姿は、見ようによっては「虚業」以外のなにものでもないだろう。

それでも、私はこの「技」で自分を生かしてきたし、それ以上に家族を支えてきた。まして、夫が脱サラを希望している今の状況にあっては、自分の「技」をより高収入に繋げうるこのチャンスを活かさない手はない。

たとえ「虚業」だとしても、この「技」が、私の「仕事」だ。それを認めることが、これまでの人生を認めることでもあるのだ。


東京は天と地の都市である。

そして私は朝になると地底から天上の楼閣を目指し、暗くなると再び地底に下りて家路を急ぐ。眼下に燦然と輝くビルと首都高の夜景の底に吸い込まれ、これは現実なのかそうでないのかと、ときどき訝しく思いながら。

山頂のオフィス入口から天へと上る高速エスカレーターに乗るまえに、私は毎朝玄関脇のコーヒー店に立ち寄って、「無糖ミルクコーヒー」という商品を買う。職場にもコーヒーは常備されているのだから、毎日それを買う必要はない。にもかかわらず、入社以来ひと月近く、私はこの新しい習慣をどうしても欠かすことができないでいる。「カフェラテ」ではなく「ミルクコーヒー」。そのことばの些細な確かさが、僅かながらも心の拠りどころになっているような気がする。

天に上れば、そこには上司だけでなく、私と同世代かそれより上の、「部下」となるべきメンバー数名がいる。いまはまだ、入社したての慣れない私をみな親切に迎えてくれているものの、私がはたして上司に相応しい器かどうか、彼女たちは冷静に見極めようとしているはずだ。

ミルクの甘みとコーヒーの苦みが、不安定な足元をかろうじて支えている。そしてまた、天と地のあわいで禄を喰むこの生活が紛れもない現実であり、明日へと繋がる道なのだということを、再確認させてくれるのだ。