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続・「オシャレな人」ってどんなヒト?

前略 acorn (id:acornfashion) 様

先日は、私の不躾な質問に懇切丁寧にお答えいただき、ありがとうございました。大変遅くなりましたが、お返事を書かせていただきます。


「オシャレな人」ってどんなヒト? - 街場のワーキングマザー日記

 


「オシャレと流行の関係」を改めて考える。 - fashionを通していろいろ考えるblog

 

「トレンド」≠「ムード」

ファッションと流行(=トレンド)の関係について、ファッションデザイナーであるacornさんのお考えを伺うことができ、自分のなかのモヤモヤとした疑問が少し晴れました。

とてもわかりやすいなと思ったのは、「流行(=トレンド)」と「ムード」の定義と、その違いです。

 

まずは、「流行(=)トレンド」について。

ファッションにおける「流行」って何?と問われれば、新しい服、着こなしが広く社会に受け入れられ、広がっていく現象、ただそんだけ、です。それ以上でもそれ以下でもない。どんな時代でも、時が経つということと、「流行」が生まれては消えていくことは、セットになっています。

なるほど、端的です。

そして、情報の流通形式の変化(インターネット)や価値観の多様化によって、「トレンド」の影響力は弱まっているということですね。それは、「みなさんが肌感覚で感じてらっしゃること」であると。確かにそう思います。

 

他方、acornさんのおっしゃる「ムード」とは何か。

「ムード」とは、モノを買うときの価値観、基準、考え方という意味で使っていて、経済学っぽく言えば、消費行動とか、消費マインドとか言われる類のものかな?(2013年、春のファッションキーワード:ムード編 - fashionを通していろいろ考えるblogより引用)

 

この「トレンド」と「ムード」の違いを前提として、acornさんは次のように書かれています。 

「トレンド」で消費を喚起するような表現をしても、人々の心は動かない。人々が向いている方向が少しずつ変化していることに、気が付いてはいるのです。でも、アパレル業界も出版業界も、儲けるためのシステムが構築されているから、その視線移動に対するフットワークがどうも鈍い。

今の社会は、ご存じの通り大量生産・大量消費が前提のシステムになっています。「トレンド」を定型化・マニュアル化して、多くの人に分かりやすく伝えるのには長けてますが、曖昧で個人に依存する「ムード」をビジネスとして表現する方法が確立できていない。 

 

この箇所を読んで、思わず「なぁるほど~!」と声を上げてしまいました。私が感じていた、ファッション・ピープルが指す「オシャレ」と一般人にとってのそれとの間にある「深い溝」、acornさんのおっしゃる「視線のズレ」の原因が、まさしくここにあるのですね。

アパレル・出版業界は、時代の「ムード」にうまく対応できていない。かつてはほぼ「トレンド」=「ムード」だったけれど、近年はここが解離しているので、「ムード」という消費者のニーズを業界が捉えきれていない。ひとことで表せば、よく言われる、消費者が「成熟」したが故の問題、ということでしょうね。

そして、acornさんご自身は、

作り手都合の「オシャレ」ではなく、消費者1人1人の「オシャレ」に目を向けないといけない時代

だとお考えになっている。「トレンド」に安易に乗っかる人が少なくなった昨今では、これが大きな課題なのでしょうね。

 

でも、「消費者1人1人の『オシャレ』に目を向ける」ことって、そんなに難しいことなのでしょうか。これが、今回新たに疑問に思ったことです。

 

多様な選択肢がありそうでないのはなぜか

「消費者1人1人の『オシャレ』に目を向ける」ためには、多種多彩な選択肢が用意されている必要があると思います。

ところが、日本には数えきれないほどのアパレルブランドやお店があるけれど、選択肢は意外に少ないと感じることがよくあります。海外で買い物をすると、特にこれを実感します。

 

たとえば。もう随分と前のことですが、「ボルドー色のベーシックなデザインのウールカーディガンが欲しい」と思い立ったことがありました。赤ではなく、青みがかったボルドー。この色は、私の肌色と相性のいい“テッパン”カラーで、特に20代の頃は、たとえば結婚式への列席や特別なデートといった大事な場面では、この色の服をよく身に着けていました。

ところが、「ボルドー色のカーディガン」をいざ探してみると、これが全然ないのです。特に珍しい色でもないし、ベーシックなデザインのカーディガンなんて、どこにでもありそうなのに。銀座に行って、(手の届く価格帯の)レディースのお店をくまなく探したのに、該当するものがない。

このときは、ボルドーは流行色ではありませんでした。日本の多くのアパレルブランドでは、ベーシックなアイテムは、黒、白、グレー、ベージュ、赤+その時々の流行色、くらいしか取り揃えていないのですよね。色の選択肢がとても貧相なのです。色数が豊富なのは、海外の超高級ブランドや、GapやZaraといった海外のファストファッションブランドばかり。ユニクロはかなり例外的で、だからこそ、これだけヒットしているのかなと思います。

選択肢が少ないのは色だけではありません。特にひどいなあと思うのは、たとえばワンピース。日本のブランドでは、ある種のワンピースの型が流行すると、それまで定番とされてきたワンピースの殆どが一掃されてしまうような傾向がありませんか? たまにあるとしても、せいぜい黒、グレー、ベージュくらいになってしまう。最近なら、ダボッとした型のワンピースばかりで、体のラインに沿った美しい型のワンピースはなかなか見つかりません。

 

出産後は海外旅行に行く余裕なんてありませんが、独身時代は、アメリカやヨーロッパに行くと、このような「あっても良さそうな定番商品がない」というフラストレーションから解放されていました。

デパートやアウトレット、街中のブティックに行くと、流行っている、いないに関わらず、様々な色と形の定番アイテムが手頃な価格できちんと揃っていて、自分が好きなものを選び取ることができる。

特に、フランスやイタリアだとこの傾向は顕著です。それほどあちこち行ったことがあるわけではないのですが、パリでもフィレンツェでも、シエナのような中規模都市でさえも、手袋屋に行けば、ありとあらゆる色、素材、型の手袋が揃い、ストール屋に行けば、やはり多種多彩なストールが用意されている。色相環のすべての色が揃っていると言ってもいいくらいに。

このような、日本と欧米のアパレルショップの品揃えの違いは、どこにあるのでしょうか。

実は、日本にもこのような色の多様性がないわけではありませんよね。和装をしないので詳しくないのですが、和服の場合は、赤、青、黄、緑、紫…と、それこそありとあらゆる色が取り揃えられて、季節や年代による縛りも多少はあるのでしょうけれど、どんな色・柄でも楽しめる。それなのに、洋服に関しては、なぜ色と型の多様性が根付いていないのでしょうか。

 

これは私の勝手な憶測ですが、やはり、日本では洋装の歴史が浅いことも関与してるのでしょうか。日本が洋装を受け入れていく過程で、「着こなしやすい無難な色プラス流行色しか取り入れない」ような、何かの機制が働いたのかと勘繰りたくなります。

そして、現代にあっても色と型の多様性を阻んでいるのは、消費者の側なのでしょうか。日本人はコーディネートに色を取り入れることに抵抗があるとか? 伝統的な日本人の美意識から考えると、そうでもないと思うのですが。それとも、余計な在庫を抱えたくないという、売る側の効率重視の姿勢によるのでしょうか?

個人的には、売る側がもっと多様な選択肢を提供して欲しいなあと思っています。「こんなに色(型)数を揃えても売れないだろう」と思い込んでいるのは、「売る側」の方なのではないか?と。日本のアパレル業界のビジネスモデルの問題でしょうか。

一(いち)デザイナーであるacornさんに、こんな大きな疑問をぶつけてすみません(^_^;) acornさんの知識やご経験の範囲内で、思うところを教えていただけるだけで十分です。

 

「他者へのもてなし」としてのファッション

最後に、acornさんがご紹介して下さった、石田衣良さんの以下の言葉について。

「ファッションは生活をたのしんでいるのだという宣言で、自分がどう見られるかという問題だけでなく、他者へのもてなしに近い感覚がある。」

(この言葉を紹介した過去記事:ファッションの意味 - fashionを通していろいろ考えるblog) 

 

 そして、acornさんはこのように纏めて下さいました。

「オシャレ」かどうかは、それを見た他人様が決めることかな、と思っています。目指すべきは「生活を楽しむこと」であって、「オシャレ」は結果でしかない。これが、マチ子さんが言うところの、"ファッション哲学"なのかもしれません。

 

石田さんの「他者へのもてなし」という言葉に、ドキッとしました。あ~、最近それを忘れていたな、と。「育児と仕事と家事の両立で、それどころじゃあない!」というのもあるけれど、ご存知のとおり、現在はボスと私の2名だけの職場なので、ついつい他者の視線を忘れておりまして。「とりあえず、なんか着ておけばいいや」というモードになっていたのです(^_^;)

ファッションにおいて「生活を楽しむこと」は、私にとっては「美しい色、または色合わせを楽しむこと」とほぼ同義なんですね。だから今回、自然と「色」にこだわってしまいました。でも最近は、色合わせを考えるのが面倒で、つい保守的で無難な色でまとめてしまっています。うーん、これはイカン!

 

美しく、かつその人の個性に合った色合わせの妙を楽しんでる人を見ると、こちらもとても嬉しい気分になります。サラリーマンの男性でも、スーツのジャケットの裏地に素敵な差し色が入っていたり、嫌味がない程度に気の利いたカフスボタンをつけていらしたりすると、「おっ、ステキ!」と思います。これこそ「他者へのもてなし」ですよね。

「オシャレ」かどうかを決めるのは「他人様」ではあるけれど、自分が人生を楽しみ、他者にも喜んでもらいたいという気概を持っているかどうか。「オシャレな人」かどうかは、そのような心の有り様にかかっているのかもしれませんね。

 

また長々と乱文を書いてしまい、失礼いたしました。色と型の多様性に関する質問につきましては、もしその気になったらお返事いただければ結構ですので。素人の無知な疑問にお付き合いいただき、本当にありがとうございました! 

 

草々