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アラフィフ男の旅が始まる。

ひと月ほど前のこと。

夫が「ゆっくり話をしたい」と言うので何事かと思ったら、仕事を辞めたいと切り出しました。

ストレスが溜まっていそうだと感じてはいたけれど、五十路を2年後に控えた子持ちの男が仕事を辞めるとは、只事ではありません。

一体、何があったのか。そして、これからどうするのか。じっくりと話を聞くことにしました。

 

夫の生い立ち

私の夫は、中卒で田舎から上京し、会社を興して成功した義父と、お嬢さん育ちの義母とのあいだに生まれた次男坊です。本と映画と音楽が大好きで大学で美学を専攻した後、バブル期のお気楽就活で中堅の専門商社に就職して世界中を営業で飛び回りつつ、20代なかばで大学時代からの彼女と結婚。ここまでは順調でした。

しかし、30歳を過ぎて大きな危機が訪れました。10年来の付き合いの妻と離婚し、仕事も辞めてしまったのです。いずれも詳しい理由は知りませんし、詮索する気もありません。身ひとつになった夫は、高給取りの商社マン時代にいつの間にか貯まっていた預金が底をつくまでの約2年半ほどの間、ただひたすら読書三昧のプー生活を送っていました。

私が夫と知り合ったのは、このプー時代です。夫34歳、私26歳。週1で通う翻訳学校のクラスメイトでした。そして、知り合ってから1年半後に付き合い始めたときは、預金は数十万円しかありませんでした。私も何を考えていたのでしょうね(それについては、またいずれ)。初めて迎えたクリスマスは、グルマンな夫が予約した高級フレンチで、私が奢りました。

いよいよ残高がピンチを迎えた頃、救世主が現れました。夫の兄です。弟の窮地を見かねた義兄は、自分が経営する小さな会社(義父の会社ではなく、自分で立ち上げた会社です)の事務方として、夫を雇ってくれたのでした。

その後は紆余曲折を経つつも、夫41歳、私33歳で結婚し、翌年に息子が誕生。仕事も家庭もおおむね順調に見えました。

 

ところが。話を聞くと、ワンマンで短気なところのある兄と、好きでも何でもない仕事にストレスが溜まり、もう我慢の限界だと言うのです。そして、「自分に何ができるかわからないけど、何か違うことをやりたい」と。

私は、「どうせなら、本当にやりたいことをやってね」と言いました。

 

読書家のニヒリズム

夫が本当にやりたいこと―それは、書くことに決まっている、と私はわかっていました。

夫は読書の質・量ともに半端ではありません。所帯を持ったので本人なりに買い控え、かなり処分もしたようですが、それでも蔵書はおそらく1万冊以上はあり、文学、哲学、映画、美術、歴史、サブカル、社会評論…と、ジャンルも多岐に渡ります。夫の書棚はそのまま私の図書館です。

ところが、読むばかりで「自分の文章」というものは一文たりとも書くことはありませんでした。日記でさえも。

唯一の例外は、翻訳学校の仲間内で交わしていたメーリングリストでした。週1回の授業のあとは、プロの文芸翻訳家である先生に連れられていつも飲みに行っていましたが、夫が書く飲み会報告や時事批評は教養に裏打ちされたユーモアが突出して面白く、皆が楽しみにしていました。先生も「翻訳なんかしないで文章を書け」と勧めました。

しかし夫はこれを否定。自分は「無能の人」であり、やりたいことも、成すべきこともなく、ただ生きて本を読み、何も残さずに死んでいくのだ、というニヒリズムに徹してきたのです。

読んでばかりいるから、その辺の人が書いたものを読むと、すぐに「これは〇〇が書いたことだ」とわかってしまう。オリジナリティなんて今更どこにもない。だから、天才でもない俺のような人間が何を書いたって意味がないーこれが、夫の言い分でした。

「それは違う!」と多くのブロガーの皆さんは否定されることでしょう。私もそのひとりです。

私はずっと、このような夫の言い分に苛立ちながらも、「本人がそれでいいと言うのなら、いいのだろう」と自分に言い聞かせてきました。特に、息子が生まれてからは、育児の幸福感と忙しさとで忘れかけていました。でも、ここにきて、溜めこんでいたマグマが噴出したようです。

 

男のトラウマ―父と息子

「仕事を辞めたい」と私に告げたその日から、夫は変わりました。

ビジネス本的なものは一切読まなかったのに、私のすすめに従って岡田斗司夫氏の『あなたを天才にするスマートノート』を読み、岡田氏の指南どおりにノートを買って毎日書くようになりました。「まずは自分の考えを何でもいいから書いてみること。俺に足りなかったのは、それかも」と。そして得られたのは、案の定、「書くこと」を仕事にしたいという結論でした。

 

あなたを天才にするスマートノート

あなたを天才にするスマートノート

 

 

もちろん、「書くこと」で生活できる見込みなど今はまったくありませんが、そうかと言って、今の仕事のストレスにはこれ以上我慢できない。ある程度(1年か2年か)期間を区切り、その間は、何かパート的な仕事をしながら書くことに専念したい、と言いだしました。

私は基本的に大賛成。どう考えても、夫の最大の取り柄は読書の質と量であり、それをもとに何かを書くことなのです。残念ながら私ひとりの稼ぎでは不十分なので、完全に収入ゼロでいいとは言えませんが、ある程度リミットを決めて「書くこと」に専念するのは大いにアリだと思います。なんせ夫はそろそろ五十路。変わるなら、今、本気で集中するしかありません。家計を預かる私の見積りでは、月に10~15万円ほど稼いでくれれば2年くらいは何とかなると伝えました。

 

しかし、夫の前には大きな壁が立ちはだかっていました。それは、父と兄です。

義兄に辞めたいと相談したら、「おまえ、マチ子ちゃんに一時的に食わせてもらうつもりなのか?それは絶対ダメだろ」と一蹴されたとのこと。それも尤もな話です。大抵の人はそう思いますよね。

まして、義兄は「立身出世のゴッドファーザー」たる義父のスピリットを受け継いでいます。2人とも、男は自分で城を築いて(=起業して、家を建てて、女子供を養って)ナンボという信念の持ち主で、高給取りのサラリーマンに対してさえ、「その日暮らしの雇われ生活でどうするのか」と思っている節があります。自分がやりたいことのために、一時的にせよ女房の稼ぎに頼るなんて、彼らにとってはあり得ない愚挙です。

義父も義兄も、懐が大きく、頼りがいと男らしい優しさがあって、私はとても信頼しています。でも、夫とは価値観が決定的に違うのです。

たとえ当面の家計問題をクリアできるとわかっても、夫が恐れていたのは、この2人の許可をもらえるのかという問題でした。実際に、「でも、オヤジと兄貴が許してくれるかなあ」と言ったのです。

夫にとっては何気ない呟きだったのでしょうが、私は驚きました。50近い男が、自分の人生の選択について、父と兄の許しを必要としているなんて!

 

家族のなかで一番優秀なのに、本ばかり読んで文学部などという役にも立たない学部に進学したり、せっかく結婚したのに離婚したりした夫は、義父に「役立たず」の「バカ」呼ばわりされ続けてきました。再婚して息子が生まれてからは、かなりトーンダウンしましたが。夫のニヒリズムは外からは「ええ恰好しい」に見えるだろうけれど、これは単に、バカだと言われてそれを受け入れ続けてきた結果、自己評価が極端に低くなってしまったせいなのです。

そんなことは十分にわかっているつもりでいたけれど、改めて、夫にとっての父(と兄)の存在の重さを思い知り、正直なところ愕然としました。見て見ぬふりをせず、夫に嫌がられようとも、「あなたは書くべきだ」と言い続けるべきだったとさえ思いました。

ウジウジと悩んでいる夫に私は言いました。「お父さんとお兄さんが許してくれなくたっていいじゃない。家族である私がいいと言ってるんだから、それでいいでしょう!」と。夫は、本当の意味で親離れすべきなのです。

 

「いいトシして情けない」と思われることでしょう。確かに、今まで書かずにきたことは義父や義兄のせいではなく、本人の責任です。いい大人なのですから。

でも、このような男性は、案外多いのではないかと思います。

最近は母と娘の葛藤が注目を浴び、関連書籍もたくさん出版されていますね。でも、女性の方が自分の感情により素直な分、問題が表面化しやすいのではないでしょうか。

男性の場合、かなり賢い方でも、自分の感情はうまく言語化できずに父親との葛藤を抱え続け、それを自覚さえしないまま一生を終える人も少なくないと思うのです。50を手前に気づくことができた夫は、案外ラッキーなのかもしれません。

 

3つの嬉しいこと

仕事を辞めたい、物書きになりたい」という夫のトンデモ発言は、私にとってはメチャクチャ嬉しいものでした。こんなに嬉しいということが自分でも驚きで、一体どうしてだろうと自問したところ、理由は3つに大別できそうです。

嬉しいこと①:自分に素直になってくれたこと。

知り合ってから、ほぼ13年。まずは、夫がやっと自分の本音に向き合い始めたこと自体が、心から嬉しいのです。

実のところ、この告白を聞いた翌日、夫が変わり始める瞬間に立ち合えたことに感動し、誰もいない朝のオフィスで一人でオイオイと泣きました。

もうこのまま、一生諦めて、ニヒリズムを決めこんで生きていくのかと思っていました。それはとても悲しいけれど、隣りにいてもどうにもできない無力感に、忸怩たる思いを抱き続けてきました。

でも、人は変わるべき時が来る。それは年齢とは関係ないのですね。

嬉しいこと②:夫への負い目から解放されたこと。

2年前に通信制大学に編入して以来、自分ばかりが好きなことをして夫に頼りっぱなしであることに、常に罪悪感を抱き続けてきました。

「俺はやりたいことなんて何もないから、マチ子が色々とやりたがるのはすごいと感心する。どうぞどうぞ」と口では協力的でありながら、息子と遊んでいる時以外は、いつもどこか苦虫を噛み潰したような表情をしている夫。本当は、私に対して腹を立てているのではないかと勘繰っていました。「それならそうとハッキリ言えばいいのに」と苛立つ反面、自分が身勝手だという負い目があり、何も言えなかったのです。

そんな私自身の思いを打ち明けると、夫は「別になにも怒ってないよ」と言いました。実際少しは怒っていただろうと思うのですが、その根本的な原因は、夫自身が自分の感情を抑圧していたことにあったのだと、今回やっとわかりました。

「俺、ずっとそんな顔してた? それじゃマチ子に不幸な思いをさせてきたんだな」と言われたので、「そんなことないけど…あなた自身が不幸じゃないかなーと思ってたよ」と否定しました。

でも実際のところ、私はある意味で確かに「不幸」でした。だから、ここ2年ほど夫に苛立っていたのです。夫の心が解放されたおかげで、苦虫顔の原因は私ではなかったのだとわかり、私自身も、夫への負い目から解放されました。

嬉しいこと③:夫の役に立てること

夫は自分の言葉をノートに書き始めただけではなく、私にも自分の思いや考えをたくさん話してくれるようになりました。これも大きな変化です。

そして、「聞いてもらえるだけで違うから、同じようなことばかり言うかもしれないけど、話を聞いてね」と言ってくれました。つまり、私を頼ってくれたのです。

話を聞いたり励ますだけでなく、近い将来の収入減に備え、支出を抜本的に見直す必要もあります。そのために、私は毎日職場にお弁当を持参するようになり、食費の管理もこれまで以上に徹底するようになりました。

私自身もただでさえ忙しいのに、ますます仕事が増えました。それなのに、不思議とちっとも苦にならず、むしろ嬉々としてこの状況を楽しんでいます。

結局、私はずっと、夫の役に立ちたかったのです。

スクーリング時の子守などで私は夫に頼るばかりなのに対し、「俺はやりたいこともないし、何も困っていないし」と自足・達観した「大人の男」のフリをしていた夫は、少しも頼ってくれないように感じていました。こうして頼りにされてみると、自分がこんなにも夫の役に立ちたかったのだということがわかり、驚いています。

夫婦愛といった大袈裟なことではなく、人と人との関係は、相手を頼り、相手に頼られることで生き生きとしたものになってくるのだと、実感しています。

ちなみに、こんなに迷いなく夫の背中をポンと押せた背景には、自分も働いているという事実があります。夫婦の両方が経済的に自立しているいうことは、片方に何かがあった時に柔軟に動けるということでもあります。寿・出産退社していく同僚たちを見て「羨ましいな、少し休みたいな」と思ったこともあるけれど、自活の道を安易に投げ出さないでよかったと、今は心から思います。

 

そして、これから

夫には黙っているつもりでしたが、今回の告白を受けて、実は私もブログで文章を書いていると打ち明けました。「才能のないやつが文章を書いたって仕方がない」と、素人がヘタな文章を書くことをどこかバカにしていた夫。夫の読書の質・量や語彙力と私のそれでは比較にもならないし、文才なんてこれっぽっちもないと自覚しているので、とてもじゃないけど言えなかったのです。

でも、それなりの準備と構想を練ってブログを立ち上げた経緯を話すと、意外にも素直に感心してくれました。

夫と違い、今の仕事は私に合っているし、手堅い収入源であり、今すぐ辞めたいとは思いません。

他方で、たとえばブロガーのちきりんさんが『未来の働き方を考えよう』で主張されているように、社会のあり方は激変しているし、自分があと20年、30年と今と同じ仕事だけをし続けるとも思えません。収入に結びつくかは別としても、大学やこのブログは、人生後半戦の自分の間口を広げるための「種蒔き」であり、5年後、10年後には何かもっと面白いことをしているだろうと思っています。

 

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

未来の働き方を考えよう 人生は二回、生きられる

 

 

期せずして、夫と私の大きな転機が重なりました。私たちだけでなく、多くの人にとって、今は変革の時期であり、自己肯定感というタマネギを剥いている最中なのかもしれません。

夫は結局、当面はまだ今の仕事を続けなら、書く道を模索することにしたようです。今までなかった目標を見つけたことで、仕事のストレスにも耐えられるようになったのでしょう。経済的には助かります(^^;

アラフォーの私にも、アラフィフの夫にも夢がある。人生50年どころか100年近くあるかもしれないのだから、夢がなければ生きられません。これから2人の人生がもっと楽しくなっていく予感がして、ワクワクしています。

 

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